★老舗の駒形どぜう浅草本店
「泥鰌(どじょう)」の正しい歴史的仮名表記は「どぢやう」「どじやう」であって、
「どぜう」ではありません。
「どぜう」は、浅草の老舗「駒形」の初代越後屋助七が、
4文字の「どぢやう」を嫌って3文字語を発案したといわれています。
のれんの由来
仮名遣いでは「どじょう」。もともとは「どぢやう」もしくは「どじやう」と書くのが正しい表記です。
それを「どぜう」としたのは初代越後屋助七の発案です。
文化3年(1806年)の江戸の大火によって店が類焼した際に、「どぢやう」の四文字では縁起が悪いと当時の有名な看板書き「撞木屋仙吉」に頼み込み、奇数文字の「どぜう」と書いてもらったのです。これが評判を呼んで店は繁盛。江戸末期には他の店も真似て、看板を「どぜう」に書き換えたといいます。 200余年の歴史を刻む、当店の大事なのれんです。
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作家・江戸文化研究家の杉浦日向子女史は、泥鰌が存命している状態を「どじょう」、食い物になった状態を「どぜう」と区別する、と著書に書いていますが、それは事実とはいえません。
らしいです。
私にとってどっちでもいいです。
美味しいものがいただければ。
「駒形どぜう」の創業は1801年。
徳川11代将軍、家斉公の時代です。
初代越後屋助七は武蔵国(現埼玉県北葛飾郡)の出身で、
18歳の時に江戸に出て奉公した後、浅草駒形にめし屋を開きました。
当時から駒形は浅草寺にお参りする
参詣ルートのメインストリートであり、
また翌年の3月18日から浅草寺のご開帳が行われたこともあって、
店は大勢のお客様で繁盛したと言います。
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